松江市に伺いました 講演会の後記
先週、松江感染症対策講演会にお伺いしました(http://gram-stain-id.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/320-226d.html)。
今回で3度目になりますが全て違う話をさせて頂いています。
でも基本は同じで、「グラム染色をして、見えた菌をどのように推定して、報告はどのようにして、解釈はどうする」という内容になります。
ブログでの閲覧数が増えたために、当日話した内容を少しダイジェスト版で紹介します。
当たり前ですがグラム染色は細菌検査結果の報告が遅いという穴埋めをしてくれています。
・安価なのでどの施設でもできる。
・検体を提出してから結果報告まで30分もあれば十分可能です。
・感染症であればその原因菌を推測するために使います。
・非感染症であってもその結果は優位なものになることがあります。
・一度に複数菌あっても菌の推定や確定はできませんが染まれば全て確認できます。
・材料の品質管理に使える。
などなど
核酸同定法(PCRなど)やイムノクロマト法も結果が早いですが、標的となった微生物が居なければ陽性になりませんので上記のような内容は全て網羅できません。
当院ではこういう依頼が多く来ます。
緊急に初期治療が必要な状況では「後で良いですか?」という言葉はありません。
例えば、
「80歳代の女性で右肩の腫脹があり化膿性関節炎を疑います。グラム染色で何か分かるものがあれば早めに教えて下さい。」と依頼されます。
その場合に頂いた電話で患者背景や目的菌、身体所見や臨床症状を伺います。血液検査結果はグラム染色の結果にブレが生じるので最後に見ます。
「20-30分程度で結果を報告しますが宜しいでしょうか?」と最後に答えて検体を待ちます。
さあ、グラム染色。
さあ、報告です。
大型のグラム陰性桿菌が見えます。塊が無く単一のものが多く、菌の周囲には莢膜と思われるものが確認できます。恐らくKlebsiellaと思います。
すると、「え、Klebsiellaですか?」と返事があります。びっくりした様子です。
関節液から予想外の菌が出てきているのでそう思うはずです。
これがグラム染色スナップショットの醍醐味かもしれません。
・どうしてそこからそんな菌が出てくるんだろう
・Klebsiellaって腸内細菌だし、尿路感染症や呼吸器感染症で多く分離される菌だろうに
・初期抗菌薬は何が適切なんだろうか
と思うと思います。
通常関節炎であればStaphylococcusやStreptococcusが多く検出され、グラム陰性桿菌については小児の場合はH. influenzaeがありますが、成人では術後感染症の場合に検出されることがありますが、市中感染でGNRは辻褄が合いません。
では辻褄を合せる目的で菌の臨床的意義も合わせて質問していきます。
・最近どこかの医療機関で関節内に注射とかしていませんか?→医原的行為の確認→無し
・排尿時痛や頻尿、尿路変更などありますか?→Klebsiella尿路感染症の原因菌としてメジャーなのでその確認→なし
・腹痛や心窩部痛などありませんか?→腹膜炎、胆嚢炎・胆管炎、肝膿瘍、胸・腹水などの確認→なし
時間があれば基礎疾患、喫煙歴、飲酒歴、喫食歴やペット飼育歴などの生活歴も聞いて行きます。
ここで初めて検査値を確認し、何か無いか確認をする。
「とりあえず肩意外に自覚症状や身体所見で目立ったものが無いですが、何も無ければ横隔膜下臓器の感染症が引き金になっていることが多いので腹部単純CTも撮影を急いだ方が良いかもしれませんね。」
「血流感染によるものが多いので、血液培養も採取を忘れずにお願いします。」
「血液培養が陽性の場合は遠隔感染を起こすことがあります。肺膿瘍や脳膿瘍、腸腰筋膿瘍、椎体炎、眼内炎などなど。合併症のこともありますので経過中に追加で検査も検討をしてください。」
と念を押します。
抗菌薬については患者さんの状況を交えながらの相談ですが腸内細菌と血流感染、関節炎などを考えて。
・KlebsiellaのESBL産生菌はE. coliに比べて検出率は低くESBLは意識しなくても良いかもしれない。
・ABPCは基本的に耐性。CEZ、CMZは耐性になることが少ないが、脳への移行が悪いので脳膿瘍、髄膜炎があれば使い難い。CTRXは脳神経組織の感染があっても対応可能になる。
・関節炎なので最低6週間程度の抗菌薬投与が必要になる。最初の2週間は最低でも経静脈で対応をすることが多い。
と簡単に一般論を話する。
最終的には腹部CTで胆管炎が見つかり、血液培養でもKlebsiellaが出てきました。合併症は無く関節炎と胆管炎の治療が奏功して終了。
その内容は電子カルテに記載をしていきます。
化膿性関節炎については検査室の人、研修医などを含めて時間がある時にグラム染色結果についても話していきます。時間のあるときで良いと思います。
特に、N. gonorrhoaeによる関節炎は性活動期の成人に多く、白血球が見えることが多いですが、菌は中々見えません。菌が見えなくても白血球が多いか少ないかを答えるだけでも良い報告になります。
菌が見えなくても治療方針を立てる上で良い情報があります。
別の症例ですが、頸が痛い、膝も痛い。熱が急に出た。意識障害や頭痛は無く髄膜炎ではなさそうだ。
膝関節を穿刺して菌は見えないけどこういうのが見えることがあります。
そうです。ピロリン酸塩の結晶で偽痛風です。
偽痛風は抗菌薬投与では無く、NSAIDSなどの抗炎症作用の薬が投与対象になるので、投与します。→翌日解熱。
頚部は痛かったが解熱とともに消失→Crowned dens syndromeでした。
ドクターGでもやっていましたね。
菌が見えなくても良いことありますね。
この話を皮切りに、グラム染色の特性(感度や形態による菌の推定など)、尿路感染症、抗ガン化学療法中に起こった肺炎、眼窩蜂窩織炎などについて話し、アッと言うまの60分でした。
色々とあるけど、そんなこと言っても見れないと思っていても進みません。
見えると感じながらグラム染色を成長させていくことはプライマリーケアには大切です。
「見えても、見えなかったことにしよう・・・」など思うことはあっても、その機会を少なくすることに努めなければなりません。
格好良くグラム染色を引き受けていければ良いと思っています。
お土産に手造りケーキを頂きました。甘いものは好きなので嬉しかった一品です。
また機会があれば別のネタについて紹介させて頂ければと思います。
島根県の皆さまありがとうございました。
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コメント
毎回、検査室発信の情報量の多さ・充実度に驚かされます。いわゆる、「菌はウソつかない」というやつですね。
その検査材料から○○という菌が検出された、ということは、どこかに何かがきっとあるはず!その情報を、どれだけ正確に、どれだけ早く分かりやすくお伝えすることが出来るか。
菌のことだけではなく、感染症自体について知識を深めていかなくてはと、日々感じています。
投稿: Kei | 2015年4月 8日 (水) 07時48分
Kei様 いつもありがとうございます。
臨床検査技師と医師や薬剤師との話題で共通したことはあるのですが、意外にも共通意識で聞き取るのが難しいと思います。
思いの外、医師や薬剤師は菌という情報に対して疎くなりがちです。菌自身の病原性、獲得耐性など微生物検査をしていると日常的に触れ合うことができますよね。莢膜とか毒素とか
そういう溝を埋めるにはお互いの敷居を低くして風通しを良くする必要があります。微生物検査室も臨床現場の壁を取り払うだけの知識習得は必要だと常に感じています。
医師や薬剤師が欲しい情報をしっかりみつけていきたいと思います。
投稿: 師範手前 | 2015年4月10日 (金) 22時54分