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2013年3月26日 (火)

微生物検査のホンネと建前

今日のは少し長いのでゆっくりお読みください。

先日、第9回の臨床微生物学会感染症学セミナーがありました。個人的には呼吸器材料の微生物検査について説明させて頂きました。

タイトルが気になると思いますが、微生物検査にまつわる内容です。

医師は感染症診療のために微生物検査を出します。出した後は結果が帰ってくるのを待ちます。時間として2-3日ですね。

 微生物検査は生化学や血液のように検体をセットしボタンを押して数分間時間を待つと結果が出てくるというものではありません。では、一体どういう過程で進んでいるんでしょう?今回はこういった内容を少し垣間見る内容にしました。 

喀痰の場合ですが、まずは検体を受付します。到着時に喀痰が良い痰か悪い痰か外観を見て材料評価します。肺炎であれば淡黄色(たまに桃〜赤色)の喀痰が出ているはずです。外観は通常Miller & Jones分類を使います。Miller & Jones分類とは喀痰中に混在する膿性部分の量を半定量で数値化したものです。P3、P2、P1、M2、M1の順に質が悪くなります。検査の方法ですが、例えば、喀痰中に膿性痰が2/3以上存在するとP3(Pはpusを意味します)、唾液性(粘液性)痰のみであればM1(Mはmucusを意味します)とか表記します。

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喀痰の質を見たら、次にグラム染色へと進みます。グラム染色は喀痰中の菌を染めて菌の量や分布を見ます。菌体に特徴が有るものはその菌が何かと推定します。喀痰であると肺炎球菌やインフルエンザ菌が推定しやすい菌になります。また、グラム染色では顕微鏡学的に白血球数と扁平上皮の数をカウントして材料評価します。材料評価はGeckler分類を用います。Geckler分類は5段階表記で5が最高ランクで1が最低です。検査の仕方ですが、例えば白血球が>25/視野、扁平上皮が<10/視野であればGeckler5などと判定します。慣れてくると、背景を見て感染の状態把握ができます。

次に培養に進みます。本来はグラム染色所見を参考に使用する培地を選択するのですが、業務を合理化しているところが多く、今はグラム染色の所見を確認する前に培養検査をするところが多いです。寒天培地の選択は肺炎の原因菌を効率良く検出させるために、肺炎球菌やインフルエンザ菌、肺炎桿菌や緑膿菌といった菌が検出できるような培地を選択します。当院では血液寒天培地とチョコレート寒天培地、BTB乳糖加寒天培地の3枚が基本となり、真菌(主にアスペルギルス)を検出するサブロー寒天培地、MRSAを検出するMRSA選択培地、嫌気性菌を検出するブルセラ寒天培地を依頼の内容を参考にしたり、グラム染色所見を参考に追加になります。MRSAの選択培地はグラム陰性桿菌の発育により検出し難い場合があること、耐性菌で院内感染対策目的で早く知りたい場合に追加をすることが多いと思います。当院では救急患者や入院患者を対象に追加しております。

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グラム染色所見で誤嚥性肺炎を疑う場合はpolymicrobial patternを示すことが多く、嫌気性菌も問題になります。嫌気性菌と推定される菌が塗抹で量が非常に多い場合、肺化膿症を示唆する場合は嫌気を追加しています。

培地はふ卵器で一定の条件で培養をし時間がくれば発育した菌が何なのか推定菌レベルで区別(一次判定)をしていきます。原因菌と考えられる場合は治療のために必要な情報を提供するために同定と感受性検査に進みます。

同定検査は菌の生化学性状を基に菌種同定をします。黄色ブドウ球菌であればコアグラーゼやカタラーゼ、マンニット分解反応、食塩発育性(6.5%)を確認していきます。コアグラーゼ試験ではブドウ球菌の場合でコアグラーゼが陰性であればCoaglase negative Staphylococcus(CNS)と同定されます。菌種の同定と同時に感受性検査が行われています。本来は菌同定が判明してから菌種に適した薬剤を選択して感受性検査を行いますが、ここも合理化されており、推定菌種の状態で必要な薬剤について感受性検査を行います。感受性検査の項目は主にCLSI(米国の臨床検査標準化委員会)が推奨している薬剤を中心に、ここの基準にのっとり判定していきます。例えば黄色ブドウ球菌であればMRSAかどうか判定するためにオキサシリン(またはセフォキシチン)について判定しています。オキサシリンの他は同時に6-12薬剤について感受性を実施していますので全て判定します。オキサシリンが耐性の場合はβ-ラクタム薬は全て無効(薬剤耐性の機序が備わっている)ということで、例え判定値がS(感受性)と出てもR(耐性)と判定します。

ここまではオーソドックスな流れです。

当日は加えて以下の内容について付けくわえました。

・グラム染色の結果はしっかりと解釈が伝わっているのか?

グラム染色は興味のある方は深く知識を得ることが多いですが、興味の薄い人にとっては使う意味が不明確ではないかと思うことがある。また、肺炎球菌性肺炎でグラム染色で肺炎球菌と思われる菌が確認されているが、単にグラム陽性球菌だけとか、レンサ状または双球菌とか経験的に肺炎球菌と推定できる像なのにその内容がしっかりと報告書に表記されていないために伝わり難いのかもしれない。

当院では、内部データ(細菌室しか分からないデータ表記)と外部データ(カルテ上の表記)の持ち方は異なります。培養に必要な条件を記載する内部データと文字制限のため詳しく記載できない外部データとに分けています。外部データが分かり難いためコメントで推定菌種報告をするようにしています。それでも伝えきれないことが多く、電子カルテシステムの更新時に念願の細菌塗抹画像参照を作りました。この画像はICTミーティングなどに使用して各職種へ伝える手段として使用しています。当然、抗菌薬の適正使用のためにも使います。

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・検出菌や目的菌、釣菌の判断はどこでしているのか?

材料の質にも左右されますが釣菌の基準は作成しており、内容はオープン化し医師への問い合わせの際の資料にしています。多分人によっては突っ込み満載でしょうがご了承ください。

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一応検出菌量も参考にしています。

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・そもそも材料採取がしっかりしていないと受けてのテンション下がる。

肺炎の場合は膿性痰ばかり出てくるものでもありません。ちゃんとした喀痰が採取されなければ誰に迷惑がかかるのでしょうか? 

それは・・・細菌検査室?医師? いや患者と思います。

診断検査なのでしっかりと診断するためにも喀痰はちゃんとした痰を採取する。また痰の質が良いものか悪いものか明確になるようにしっかりと結果表記をしましょう。当院はシンプルです。P3⇒膿性痰、Geckler5⇒良 という表記をしています。これなら看護師も患者も分かり易いと思います。

受けてのテンションが下がることと一緒に結果報告で原因菌が特定されない報告書を見て依頼した医師のテンションも下がることでしょう。

・唾液痰は本当に悪いのか?血痰は培養に適さないのか?

唾液痰は下気道の原因菌検索には不適当ですが丸っきり不適切とは言えない場面も多くあります。ただし、言えることは原因菌が反映されていない可能性が高いということは分かりますので膿性痰を採取することにこしたことはありません。血液混入の痰は肺炎由来なのでしょうか?肺うっ血のものでしょうか。肺炎じゃ無いじゃないかなど思ったり、血痰の原因も不明確な部分も多いのも確かです。こういった議論は培養をしてデータを取らないと何とも言えませんが、グラム染色像では膿性では無いのでハッキリと原因菌が掴めないのかも知れない場面は多くあります。抗酸菌や真菌の場合は血痰が病的に出ることもあり病態によっては必要な場面もあります。抗菌薬未投与で白血球は多いのに菌が無いとかいう場合は抗酸菌や真菌も考えても良いかもしれませんね。しかし、膿性が強い痰はグラム染色にしても培養にしても何か出るだろうと思いが強くなりますが、そうでなければ菌が出にくいためテンションはMAXにならないことは経験上多いです。患者の治療を適切に行うために適した材料採取は必要だということは職種もそうですが、世界中共通認識されていることです。しっかりと材料を採取して、適した検査をしたいと皆が思っている事と思います。

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先日はまだまだ言いたい事が多かったのですが時間はタイムアップを迎えました。また本か何かに書きたいと思います。

各施設の特徴を活かし、医療従事者のこだわりも加えて患者のために良い医療を提供したいと毎日思っています。その検体が自分のものだったら皆さんどうしますか?

 

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2013年3月11日 (月)

2013年4月から感染症の届出基準が変更になります

ご存知の方もいらっしゃると思いますが来月から感染症法の届出疾患で基準が一部変更になります。

五類感染症(主にヒトからヒトに感染するもの)のうち侵襲性肺炎球菌感染症と侵襲性インフルエンザ菌感染症の2つが追加となります。また、髄膜炎菌感染症が侵襲性髄膜炎菌感染症へと変更になります。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html

さて、『侵襲性肺炎球菌感染症』とは何を指すのでしょうか。今まで基幹定点の施設の場合ペニシリン耐性肺炎球菌感染症の報告は実施されてきました。これに変わるものになるのでしょうか?答えはNoです。今までの基幹定点で行っていたペニシリン耐性肺炎球菌感染症はそのまま残ります。7日以内に届出が必要になります。

『侵襲性肺炎球菌感染症』とは、侵襲性肺炎球菌感染症のうち血液や髄液から肺炎球菌が検出された症例(確定症例)となります。ますます微生物検査室の役割は重要になってきます。

届出について http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-09-02.html

1.血液と髄液の培養検査で菌が証明された場合

2.血液と髄液のPCRから遺伝子が証明された場合

3.髄液だけですが検体から直接行ったラテックス凝集法またはイムノクロマト法で陽性となった場合

3についてはイムノクロマト法とは何を指すんでしょうかね。尿中肺炎莢膜多糖体抗原検査(NOW肺炎球菌とか)でしょうか。(JOURNAL OF CLINICAL MICROBIOLOGY,Aug. 1998, p. 2346–2348)、肺炎球菌細胞壁抗原検査(ラピラン肺炎球菌)のことでしょうかね。はっきり明記されていないので4月に質問したいと思います。保険収載が今後通るという事前連絡でしょうか?少し疑問が残る基準ですね。PCRはこういうのがあります。(Journal of Medical Microbiology (2004), 53, 595–602)

つまりこういうことでしょうか。

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これを参考に『侵襲性インフルエンザ菌感染症』は同じことで、侵襲性インフルエンザ菌感染症のうち血液や髄液からインフルエンザ菌が検出された症例(確定症例)となります。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-44.html

1.血液と髄液の培養検査で菌が証明された場合

2.血液と髄液のPCRから遺伝子が証明された場合

肺炎球菌にある3の部分は迅速検査が普及していないのかインフルエンザ菌にはありません。

3血液培養陽性のインフルエンザ菌

ご存知と思いますが、重症肺炎球菌感染症は小児から高齢者まで幅広く分布しているため、小児に多いインフルエンザ菌感染症と比べて届出例が多くなると思いますし、検査室にかかる責任も大きくなると思います。小児期の肺炎球菌ワクチンとHibワクチンの定期接種も開始されますので当分はこのワクチン効果を感染症の発生事例として統計をとって評価するのでしょう。米国においては既にワクチン接種は定期化され(既に13価ですが)社会的な効果は十分証明されていますし、日本においてもここ数年間は血液培養陽性例は減ったように感じます。

2 侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)とPCV7の効果

今後問題になるのはこのワクチンでカバー出来ない血清型を有する侵襲型感染症(19Aなど)であったり、ワクチンや感染による抗体産生が弱い血清型(6Bなど)だけになるのでしょうかね。(Epidemiology and Infection,Vol. 138,2010,61-68, Clinical Infectious Diseases 2009; 49:e23–9)

小児では4月から集団保育を新しく開始される方々が増えます。集団保育をすると保育時間に伴って肺炎球菌とインフルエンザ菌の保菌者が増加することが知られています。侵襲性の高い血清型が流行した場合はその曝露を受けて感染症を発症する小児も増えると思います。(小児感染免疫19(4),399,2007,感染症誌 86: 7-12, 2012)

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肺炎球菌やインフルエンザ菌を含めて、児の重症化予防のためにもワクチンは積極的に接種して欲しいと願っています。

 

 

 

 

 

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