O157じゃ無くて 検査出来るの?
単なるコラムというか同定道場です。
最近話題となっているのが牛肉の生食をきっかけに起こった腸管出血性大腸菌(EHEC)の集団食中毒。とは言っても毎年3000-4000人の大きな単位で報告例が出ています。とは言っても、この報告例には無症候性保菌者も入っている訳ですが、感染して発症した患者数はもう少し少ない数になっているのでしょう。また死亡事例が出たということでマスコミは大きく取り上げています。EHECで記憶に残る大きなアウトブレイクは1996年に堺市が中心に起こったO157の集団食中毒です。でも、そのO157に関して知っている微生物検査室の方々も減ってきて改めてEHECの検査について考えないといけませんね。
IASR,Vol31,No.6の報告書には2009年のEHECの状況が出ています。
総数2,168件の報告がありO157は1,396件(64%)と意外に低値。次いで多いのがO26で504件(23%)。続いてO121で69件(5.4%)。今回話題のO111(TVでトリプルワンって言っていましたがそう呼ぶの?)が56件(2.5%)。ここまでの合計が95%と未だ5%も色々あります。中にはO抗原が特定出来ないものまである状況で何が何やら判らない状態です。
O157に関しては1996年の事例以来、一般の微生物検査室でも簡単に検査出来るようになってきました。それはO157がソルビトールという糖を遅分解もしくは非分解であるという特性を持っているのを利用したソルビトールマッコンキー培地(SMAC)というものが汎用されるようになってきたからです。通常、微生物検査室で使用しているマッコンキー培地はラクトースがベースになるので、その変法というものです。培地上で糖を効率的に利用出来ないものはコロニー(集落)に色素が出ない仕組みになっていて、ソルビトールを効率良く分解出来ないO157は透明、O157以外の大腸菌は赤いコロニーを形成するように作られています。しかし、選択性は弱いため大腸菌以外の菌も発育(プロテウス菌やアエロモナス菌)があるため、紛らわしいものが多いのが悩みの種です。選択性を強くしたものにCT加ソルビトールマッコンキー培地(CT-SMAC)というものがあります。CTのCはセフィキシム(cefixime)、Tは亜テルル酸(tellurite)のことで、セフィキシムはプロテウス菌の抑制、亜テルル酸は元々ジフテリア菌や赤痢菌の選択剤でしたがO157も効率良く選択出来るものとして活用されています。2剤は程よいMICになるように配合されている訳ですが、赤痢菌は発育しますし、2剤に耐性のプロテウス菌も発育します。結局、発育したものは大腸菌がどうかの同定が必要ですし、O抗原の同定も必要になります。なので、CT-SMACに発育するが結果違ったなんてことは日常良く遭遇することです。また、少し高価ですがO26とO111もスクリーニング出来るマッコンキー培地も販売されていますし、クロモジェニックな方法で検出可能な培地もあります。外部委託をする場合はO157と指定するとO157しか検査しない契約になっている場合もありますので契約条件を確認する良い機会なのかも知れません。
O抗原の検査についてもO157以外のEHECに関しては、前述したようにO抗原は今バラエティに富んでいますのでO抗原が確定出来ないEHECは多くあります。市中病院ではO抗原の検査は「デンカ生研」の病原大腸菌抗原血清(ウサギ免疫血清)により行っているところが大半だと思います。O157に関しては特別ラテックス凝集法により準備しているところも多いですが、見つかったうち全体の70%以下の検出率ですから、集団食中毒を起こす可能性は高いとは思いますが、全てをこれで確定出来るものでもありません。O121については、ここ数年の傾向から新たに検出可能になった血清型です。じゃ今までどうしていたのか?ですが。判らなかったというしかありません。というか、ベロ毒素が過去に検出された血清型のうち、今もこのキットに無い血清型は100種類程度あります。パスツール研究所が販売しているものもありますが高価過ぎてpay出来ません。市中病院ではこれが限界なのかもしれませんが、O抗原に捉われずにEHECの検出を見るものがあります。PCRはその一つですが、設備投資が必要です。EIAによるベロ毒素の検出もあり以外に簡便かもしれません。うちではエンテロヘモリジンを見ています。EHECが産生する毒素の一つでベロ毒素産生性と相関するため血清型に捉われずにEHECの検出が可能です。αヘモリジンとの鑑別も必要ですが、全てを網羅しようと思うのであれば必須アイテムと思います。また、抗原が出ない場合はO157LPS抗体(これはIgM抗体をラテックスで引っ掛けるので簡単です)の検出も出来るようにしています。HUSかもしれないという病変には鑑別診断として使えます。
最後に感染菌量ですが、EHECは感染菌量が少なくても感染が成立し発症するケースも多い病原菌です。赤痢菌が似ていますが二次感染による伝播事例もあります。サルモネラはどうか?非チフス性サルモネラは10の5乗個の菌を摂取しないと発症しないと言われています。EHEC以外の大腸菌やキャンピロバクター菌に関してはもっと多い菌量の摂取が必要と言われています。ただし、宿主の状態、年齢によりこの菌量は左右されます。EHECは感染菌量が少ない分検出される菌量が少ないことも指摘されています。培地に発育したコロニーはいくつ検査したら良いの?という疑問も多いでしょう。文献によると1つの培地より10個程度の釣菌が必要だそうです。じゃあ、10検体くると100個なんてことになり兼ねません。なので、EHEC以外の病原性大腸菌ではそれ以下で済むかも知れませんしこの辺は施設内でのコンセンサスが必要です。
本当に検便は大変ですと思う今日この頃です。牛肉のみならず生肉の喫食は嗜好の問題もありますが、感染症のリスクを上げますのでご注意下さい。
写真はHUS患者に見られた破砕赤血球(所謂ヘルメットcell)。血液検査室との情報交換も大切です。
J.Med Microbiol,Vol.35,1991,107-110.
J.Med Microbiol,Vol.39,1993,155-158.
IASR,Vol31,No.6.<特集>腸管出血性大腸菌感染症2010年5月現在
Diagnostic Microbiology and Infectious Disease 58 (2007) 303–308
| 固定リンク
「その他」カテゴリの記事
- 第26回教育セミナー当日のプレゼン資料(2019.10.19)
- グラム染色で病気の原因を探る(2019.05.03)
- 第30回日本臨床微生物学会にて話ていたプライドのこと(2019.02.05)
- 先日書いた記事の解釈について(2019.01.01)
- グラム染色はどこまで使えるのか?(2018.12.14)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
血清型は今の保険では2株以上すると赤字になります。エンテロヘモリジンは偽陽性、偽陰性があるので注意です。やはり、臨床背景が重要ですね。例えば、ユッケで下痢であれば必ず病原大腸菌は探しに行かなければなりませんよね。前にO25とO157が混在する患者で、マッコンキーには大量の大腸菌が、CTSMACには透明なコロニーが3個というのもありました。マッコンキーだけなら見落とします。いろんな検査を取り入れて検出することが重要だと思います。
投稿: 技師 | 2011年5月 9日 (月) 07時47分
技師さん。そうですね。全て選択増菌かけて培養すれば網羅できるかもしれませんが便培養はコストが合わなさすぎ。だいたい赤字検査です。この際保険点数見直してくれませんかね?
投稿: 師範手前 | 2011年5月 9日 (月) 12時46分